【寺院の範囲】津島市,弥富市,名古屋市,あま市,蟹江町,桑名市,稲沢市
【寺院名】真宗大谷派夕照山 西光寺【住所】愛西市稲葉町本郷200
【大駐車場完備】東側45台、西側20台駐車可能

お墓・霊園・墓石・永代供養墓とは | 愛知県愛西市稲葉町西光寺

お墓とは

英語

【英語】 Grave

お墓の歴史

現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。

お墓詣りの目的とは

多くの方がお墓参りの目的はご先祖さまに会いに行くことであり、お墓の前で手を合わせることが先祖供養になると考えられています。先祖供養も間違いではありませんが、第一の目的はお墓に参りすることでご先祖さまを通して私たちが仏教の教えに出会うことです。つまり我々は煩悩の中でしか生きることのできない自分に気づき、我々のいのちが無限の智慧と無限の慈悲をお持ちの阿弥陀仏に生かされている事実に目覚めることです。これにより、阿弥陀仏に帰依し念仏することによって、今生きているいのちに光があてられ、現在のいのちが充実したものとなるのです。

お墓・霊園・墓地の運営形態による分類

お墓を経営形態で分類すると、大きく次の3つに区分できる。

1)都道府県や市町村が運営する公営墓地

都道府県や市区町村の自治体が運営する墓地で一般的に大規模霊園が多い。使用料や管理料が安く、宗旨・宗派についての制限がない。

2)寺院や宗教法人が運営する墓地

宗教法人が運営するお寺の境内にある墓地。以前は墓地の基本はお寺の境内であり、お墓のイメージとして最も定着している形である。お葬式や法事を行ってくれるお寺が管理運営している墓地なので、親しみやすく安心してお墓を建てることができる。しかし、信仰している宗旨・宗派でないとお墓を建てれない場合もあり、お墓のデザインに制約がある場合もある。

3)民間霊園が運営する墓地

宗教法人や行政以外の民間業者が運営する墓地。宗旨・宗派が自由であり、バリアフリーの霊園や交通のアクセスが良い霊園が多い。

墓の形態

墓には次のような形態がある。

1)先祖代々墓(家墓、合祀墓)

近年までの一般的な形態のお墓。「○○家の墓」や「先祖代々墓」と書いた墓石を一基だけ建て、親から子、子から孫へと家族の遺骨を一つのお墓に埋葬する。お骨を納める度に墓誌か墓碑に法名や戒名を列記し、代々のお骨をあわせてお参りするお墓。

個人墓

個人専用となっている形態のお墓。

夫婦墓

夫婦二人で一基とする形態のお墓。

両家墓

1人っ子や娘だけの家族の場合、夫婦が親のお墓を建てたり受け継いだりした場合、2つのお墓を管理しなければならなくなる。そのため、1つのお墓に両方の親の遺骨を埋葬するのが両家墓である。

会社墓・団体墓

会社や団体に貢献した人のために、それらの会社や団体がつくった墓

永代供養墓(合同墓・集合墓)

寺院が責任をもって永代に渡ってご供養と管理を行なっていく墓地のことで、他の人と同じお墓に納骨されるため合同墓や集合墓とも呼ばれる。永代供養墓は、跡継ぎがいなくなっても永代供養をしてもらうことが可能であり、永代使用料や管理費が比較的安い利点がある。また、宗旨や宗派などの制約が少ないことも特徴である。

世界三大陵墓とは - 世界最長のお墓は日本にある

世界最長のお墓は、日本にある大仙陵古墳(仁徳天皇陵)である。

1)大仙陵古墳(仁徳天皇陵)

【場所】日本 大阪府堺市堺区大仙町
【全長】486メートル
【高さ】35.8メートル
【体積】140万立方メートル

2)クフ王のピラミッド

【場所】エジプト
【全長】230メートル
【高さ】146メートル
【体積】260万立方メートル

3)秦の始皇帝陵

【場所】中国
【全長】350メートル
【高さ】76メートル
【体積】300万立方メートル

自然葬とは

遺骨をお墓の中へ納める従来の方法と異なり、遺骨を直接自然へ返すことを目的とする埋葬方法を自然葬と言う。自然の大きな循環の中に遺骨を返していこうとする葬送方法のことである。
自然葬には古くは土葬があり、最近では散骨樹木葬、海洋葬、風葬などがある。

お墓に関連する法律

墓地、埋葬等に関する法律」(昭和23年5月31日法律第48号)
墓地、埋葬等に関する法律施行規則」(昭和23年7月13日厚生省令第24号)」
「墓地経営・管理の指針等について」(平成12年12月6日厚生省生活衛生局長・生衛発第1764号)
宗教法人法」(昭和26年4月3日法律第126号)

 

永代供養墓(合同墓・集合墓)とは

一般のお墓は価格がかなり高額なものとなり、一方では少子化や高齢化、核家族化などでお墓を建ててもそのお墓を引き継いでくれる後継者がいないという問題も生まれている。また仮に引き継いでくれても、転勤などで遠方のためお墓を建ててもお墓詣りなどの管理ができないという問題もある。そのため最近は永代供養墓が注目を集めている。 永代供養墓は、寺院が責任をもって永代に渡ってご供養と管理を行なっていく墓地のことで、他の人と同じお墓に納骨されるため合同墓や集合墓とも呼ばれる。永代供養墓は、跡継ぎがいなくなっても永代供養をしてもらうことが可能であり、永代使用料や管理費が比較的安い利点がある。また、宗旨や宗派などの制約が少ないことも特徴である。

 

【住所】 愛知県愛西市稲葉町本郷200番地(2005年4月1日から)
【旧住所】愛知県海部郡佐屋町大字稲葉字本郷200番地 (2005年3月31日まで)
【お檀家様の範囲】津島市弥富市海部郡蟹江町あま市名古屋市、 飛島村、稲沢市、一宮市、三重県桑名市、木曽岬町
【宗派】 真宗大谷派・浄土真宗東本願寺 愛西市のお寺 西光寺は700年以上の歴史があります。
【大駐車場完備】西側駐車場に20台、東側駐車場に7台 駐車場あり
【著作権】このページの内容に著作権はありません。Wikipediaなどへ自由にコピーが出来ます。
【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
西光寺開山:諦善法師】、【宗旨:浄土真宗】、【宗祖:親鸞聖人】、 【西光寺山号:夕照山】、【宗派:真宗大谷派(お東)】、【中興の祖:蓮如上人】、 【現住職:第十五代】、【ご本尊:阿弥陀如来】、【ご本山:東本願寺・真宗本廟】、 【正依の経典・お経:仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)】
【七高僧とは】親鸞聖人が選定された7人の高僧のこと。「正信偈」や「高僧和讃」に示してある。以下がその七高僧になる。
【第一祖】龍樹大士【著作】『十住毘婆沙論』、『十二礼』、 【第二祖】天親菩薩【著作】『無量寿経優婆提舎願生偈』、 【第三祖】曇鸞大師【著作】『無量寿経優婆提舎願生偈註』、『讃阿弥陀仏偈』、 【第四祖】道綽禅師【著作】『安楽集』、 【第五祖】善導大師【著作】『観無量寿経疏』、『往生礼讃偈』、 【第六祖】源信和尚【著作】『往生要集』、 【第七祖】法然上人【著作】『選択本願念仏集』
【西光寺は愛知県津島市・弥富市・蟹江町・あま市・名古屋市・岐阜県海津市・三重県桑名市に隣接するお寺です。】
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。真宗は主に十派あり、本願寺は蓮如上人により興隆したので、蓮如上人は中興の祖と呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂自然葬(散骨樹木葬、海洋葬)なども見られる。またお墓を作るには、 墓地、埋葬等に関する法律及び墓地、埋葬等に関する法律施行規則に従い許可が必要となる。
納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にも見受けられる。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いている。最近ではお墓の代わりとして自然葬(散骨樹木葬)とともに増加傾向にある。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。葬儀の形式も一般葬以外に、家族葬、生前葬、音楽葬、自由葬、個人葬、密葬、直葬などさまざまな形がある。真宗大谷派の葬儀式はここをクリック