【大駐車場完備】西側駐車場に20台、東側駐車場に7台 駐車場あり
【寺院名】真宗大谷派夕照山 西光寺【住所】愛知県愛西市稲葉町本郷200
【お寺の場所】愛西市市役所東300メートル・稲葉交差点南50メートル

仏教・宗教用語

お墓とは

英語

【英語】 Grave

お墓の歴史

現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。

お墓詣りの目的とは

多くの方がお墓参りの目的はご先祖さまに会いに行くことであり、お墓の前で手を合わせることが先祖供養になると考えられています。先祖供養も間違いではありませんが、第一の目的はお墓に参りすることでご先祖さまを通して私たちが仏教の教えに出会うことです。つまり我々は煩悩の中でしか生きることのできない自分に気づき、我々のいのちが無限の智慧と無限の慈悲をお持ちの阿弥陀仏に生かされている事実に目覚めることです。これにより、阿弥陀仏に帰依し念仏することによって、今生きているいのちに光があてられ、現在のいのちが充実したものとなるのです。

お墓の経営形態とは

お墓を経営形態で分類すると主に次の3つになる。

 経営主体で分けると、大きく次の三つに区分できる。
 1。公営墓地
     都道府県や市区町村の自治体が運営する墓地で、使用料・管理料が安く、
     宗旨宗派についての制限がない。
 2.寺院営墓地
     宗教法人が運営するお寺の境内にある墓地。
 3.民営墓地
     民間業者が運営する墓地。

自然葬とは

遺骨をお墓の中へ納める従来の方法と異なり、遺骨を直接自然へ返すことを目的とする埋葬方法を自然葬と言う。自然の大きな循環の中に遺骨を返していこうとする葬送方法のことである。
自然葬には古くは土葬があり、最近では散骨樹木葬、海洋葬、風葬などがある。

お墓に関連する法律

墓地、埋葬等に関する法律」(昭和23年5月31日法律第48号)
墓地、埋葬等に関する法律施行規則」(昭和23年7月13日厚生省令第24号)」
「墓地経営・管理の指針等について」(平成12年12月6日厚生省生活衛生局長・生衛発第1764号)
宗教法人法」(昭和26年4月3日法律第126号)


【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
西光寺開山】諦善法師
【宗旨】   浄土真宗
【宗祖】   親鸞聖人
【西光寺山号】夕照山
【宗派】 真宗大谷派(お東)
【中興の祖】 蓮如上人
【現住職】 第十五代
【ご本尊】 阿弥陀如来
【ご本山】 東本願寺・真宗本廟
【正依の経典・お経】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
【七高僧とは】親鸞聖人が選定された7人の高僧のこと。「正信偈」や「高僧和讃」に示してある。以下がその七高僧になる。 
  【第一祖】龍樹大士 【著作】『十住毘婆沙論』、『十二礼』 
  【第二祖】天親菩薩 【著作】『無量寿経優婆提舎願生偈』
  【第三祖】曇鸞大師 【著作】『無量寿経優婆提舎願生偈註』、『讃阿弥陀仏偈』
  【第四祖】道綽禅師 【著作】『安楽集』
  【第五祖】善導大師 【著作】『観無量寿経疏』、『往生礼讃偈』
  【第六祖】源信和尚 【著作】『往生要集』
  【第七祖】法然上人 【著作】『選択本願念仏集』
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。真宗は主に十派あり、本願寺は蓮如上人により興隆したので、蓮如上人は中興の祖と呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨樹木葬、海洋葬)なども見られる。またお墓を作るには、 墓地、埋葬等に関する法律及び墓地、埋葬等に関する法律施行規則に従い許可が必要となる。
納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。葬儀の形式も一般葬以外に、家族葬、生前葬、音楽葬、自由葬、個人葬、密葬、直葬などさまざまな形がある。真宗大谷派の葬儀式はここをクリック