【大駐車場完備】西側駐車場に20台、東側駐車場に7台 駐車場あり
【寺院名】真宗大谷派夕照山 西光寺【住所】愛西市稲葉町本郷200
【場所】愛西市市役所東300メートル・稲葉交差点南50メートル

本堂新築工事の趣意書

西光寺本堂新築工事の趣意書

【西光寺本堂新築(建て直し)の趣意書】(平成25年9月30日)

(本堂新築にあたり、お檀家の皆様に対して寄付や御懇志をお願いすることは一切ありません)

初秋の候、皆々様には益々御健勝の御事とお慶び申し上げます。
さて、西光寺の現本堂は約110年前に建立されました。しかし本堂の屋根は度重なる台風や大雪にさらされ、瓦のずれている所もあり、大雨の際には雨漏りが多発し、天井などの木が部分的に腐ってきました。また、天候によっては瓦がずれるだけでなく、飛ばされることもあり、その補修費用も軽視できません。とりわけ本年(平成25年)4月7日には、強風で本堂の瓦約20枚がお墓の方に落下するという非常に危険な状況になりました。
そのため、本堂の瓦の伏せ替え、シロアリや雨水で腐った柱の修復、一部の下がった基礎の補修などを見積もってもらったところ、修復よりも既存の柱など使えるものは使って新築した方が安いという結果になりました。
ついては、本年(平成25年)8月に西光寺門徒総代会を開催し、総代さんにご相談し、寄付を集めないということで本堂の建て替えのご承認をいただきました。ことにこの先2~3年で消費税が10%に上がることがほぼ決まっているため、増税前に契約しないと消費税だけで500万円近くの追加費用がかかる計算になってしまいます。ただし本年(平成25年)の9月末までに契約を完了すれば、完成は来年(平成26年)の4月以降になっても消費税が5%で済む法律があるので、寺社専門の建設会社4社に対して見積もりを依頼し、平成25年9月24日にそのうちの1社と「西光寺本堂新築の契約」を完了したことをご報告致します。今後の予定は下記のように考えております。

平成25年9月末 本堂新築工事を契約
平成26年 木材を買付後、工場にて1年間乾燥,養生
平成27年 工場で木材の加工、解体工事、現場施工
平成28年 現場施工、建物引き渡し、完成

詳細につきましては、永代経・報恩講などの案内で順次お知らせします。
本堂新築にあたり寄付をお願いすることはありませんが、日頃の皆さまの多大なるお力添えによって西光寺の本堂が建て直しできることと感謝し、心よりお礼申し上げさせていただきます。

平成25年9月30日

西光寺 住職
西光寺 門徒総代一同




【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
西光寺開山:諦善法師】、【宗旨:浄土真宗】、【宗祖:親鸞聖人】、 【西光寺山号:夕照山】、【宗派:真宗大谷派(お東)】、【中興の祖:蓮如上人】、 【現住職:第十五代】、【ご本尊:阿弥陀如来】、【ご本山:東本願寺・真宗本廟】、
【親鸞聖人の著作】
「顕浄土真実教行証文類」(「教行信証」)、 「浄土和讃」、「高僧和讃」、「正像末和讃」、 「浄土文類聚鈔」、「愚禿鈔」、「入出二門偈」、「五会法事讃略抄」、 「如来二種回向文」、「弥陀如来名号徳」、「三経往生文類」、「尊号真像銘文」、 「一念多念証文」、「唯信鈔文意」、「親鸞聖人御消息」
【正依の経典・お経:仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)】
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。真宗は主に十派あり、本願寺は蓮如上人により興隆したので、蓮如上人は中興の祖と呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨樹木葬、海洋葬)なども見られる。またお墓を作るには、 墓地、埋葬等に関する法律及び墓地、埋葬等に関する法律施行規則に従い許可が必要となる。
納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。葬儀の形式も一般葬以外に、家族葬、生前葬、音楽葬、自由葬、個人葬、密葬、直葬などさまざまな形がある。